「マウントラッシュモア」ってどういう意味?
皆さんはマウントラッシュモアの名前の由来をご存知でしょうか?実はちゃんとした理由があるのです。「遠い昔、1800年代後半に、ニューヨークから来た弁護士が、現地ガイドを連れてブラックヒルズを観光しておりました。その時ひときわ目立った高い山を見つけた弁護士は、同行のガイドに「あの高い山はなんという名前ですか?」と尋ねました。ところがその岩山には名前など付いていなかったので、困ったガイドは冗談で言いました。「あの山はあなたと同じ名前で、ラッシュモア山と言うのですよ・・・・ラッシュモアさん」・・・ということです。


 「クレージーホース」ってどういう人?
クレージーホースの事を馬の彫刻だと思っている方も多いと思いますが、クレージーホースとは実在したスー族インディアン戦士の名前なのです。ブラックヒルズに生まれたクレージーホースはリザベーション(インディアン特別居留区)に住む事と拒み、最後までアメリカ軍と戦い抜いた英雄です。また、あの無敵と言われたカスター将軍の率いる軍隊を打ち破った時の立役者の一人でもあります。そして1877年に35歳の若さで死んだ時、本人の希望通りクレージーホースの骨はブラックヒルズの森に撒かれたのでした。クレージーホースの完成予定彫刻で彼がブラックヒルズの森に向かって指差しているのは、死後もクレージーホースはこの地に生き続け、ブラックヒルズは白人の土地ではなく永遠にインディアンの土地であるというアメリカ政府に対するメッセージなのです。クレージーホースは酋長でもチーフでもなかったので、正式な彼の写真や絵は一枚も残っておりません。さらに、クレージーホース本人も写真をとると魂が抜かれると信じていたらしく、個人的な写真もありませんでした。クレージーホースの彫像はコジャックが当時の生き残りの数人のインディアン達から聞いた情報を元に彫られております。


 ウォールドラッグ成功秘話
ハイウェイ90号線をドライブしていると「Wall Drug」と書かれた看板を頻繁に目にします。そしてバッドランズ国立公園にちかくなると看板の数はもっと増えます。その無数の看板を車の中から見た観光客は「ウォールドラッグって何だ?」と興味を待ち、つい寄ってしまうらしいのです。ウォールドラッグとはその名のとおりウォールと言う町にあるドラッグストアのことなのです。ただ普通のドラッグストアではありません。バッドランズ名物の、一軒としては世界一大きなドラッグストアなのです。
 1931年にハステッドさんという一家がここウォールにとても小さなドラッグストアを開きました。その当時のウォールは人口がたったの326人のとても貧しい町でした。その貧しさは「神にも見放された町」と言われていたくらいだったのです。そんな町にお店を開いたハステッドさん一家ですが、最初の5年くらいは全く繁盛しませんでした。たくさんの観光客が車ですぐそばを通るのですが、なかなかお店には寄ってもらえませんでした。そんな時、店の前を走り去る車をじっと見ていた奥さんがある事に気づきます。暑さと長いドライブのため車の中の人達は皆疲れ切っていて、喉が渇いている様に見えたのです。(当時の車にはエアコンなどは付いていなかったから)。そこで、ハステッドさんらは「Free Ice Water(冷たい水無料)」と書かいた看板を道路脇に立てたのです。このアイデアは大当たりでした。無料の冷たい水を求めてたくさんの観光客がお店に立ち寄りました。そして多くの人達が無料の水だけでなくアイスクリームやソーダやお菓子などを買っていきました。
 それ以来ウォールドラッグはたくさんの観光客で賑わうようになり、今ではアメリカ中に知られたバッドランズの名物となりました。もちろん雑貨以外にもブラクヒルズゴールドやウエスタングッズをはじめ、あらゆるお土産店やレストラン、ミュージアムなどもあり、ショッピングをレジャーとして楽しめるところになりました。今でも「Free Ice Water」は健在なのでバッドランズ国立公園を観光した後は是非ともウォールドラッグで喉を癒しましょう・・・あまり冷たくはないですけど。


 西部一の早撃ち「ワイルドビル」をご存知ですか?
その昔、西部一の早撃ちと言われていた男をご存知ですか?通称「Wild Bill」本名James Butler Hickok、ワイルドウエスタンの伝説のガンマンです。彼がここブラックヒルズを訪れたののが、1876年のことでした。当時カンザスでカスター将軍の下で働いていたBillはゴールドラッシュの視察の為デッドウッドにやって来ました。ギャンブル好きでも有名だったBillは、毎日のようにデッドウッドの酒場でポーカーを楽しんでいました。しかし8月2日に悲劇は起きました。いつものように酒場「Saloon No.10」で仲間とポーカーをしている最中に、Jack McCallという男に背後から頭を撃たれ、西部一の早撃ち「Wild Bill」はブラックヒルズで生涯を終える事になります。今でも「Saloon No.10」ではその当時のシーンを再現したショーを毎日やっています。また、ミュージアムをはじめ、様々なところで「Wild Bill」に関するものを見ることができます。Wild Billは今もデッドウッドの丘の上にあるMount Moriah Cemeteryで眠っています。ちなみに、撃たれて死んだ時のカードは、「Aと8」のツーペアだったそうです。・・・・・ポーカーも強かったのですね。


 ブラックヒルズゴールド −葡萄のデザインのジュエリーの秘密ー
ブラックヒルズで最も有名な産物と言えば、やはり「ブラックヒルズゴールド」です。ゴールドラッシュによって繁栄したブラックヒルズではゴールドジュエリーがとても人気があります。ブラックヒルズジュエリーが他のゴールドジュエリーと違うところは、3色(金・ピンク・緑)を使った葡萄のデザインがされているという事です。金に少しの銀を混ぜる事によって緑色を作ります。もちろん葡萄のデザインにも大きな理由があります。
 1874年に初めてゴールドが発見され、その2年後の1876年に初めてフランスから金細工の職人がアメリカンドリームを求めてブラックヒルズにやって来ました。しかし、金を探し歩いている時慣れていない土地のせいもあり、森の中で何日も迷ってしまいました。空腹のため倒れ、もうだめかと思ったその時に彼の目に入ったものは母国フランスで見慣れた葡萄でした。彼が倒れたその場所には偶然にも野生の葡萄がたくさん生息しているところでした。この葡萄を食べる事によってなんとか生き延びた彼は、後にゴールドジェエリーを作り成功を収めます。そして彼はある事を心に決めます。「自分が成功したのはゴールドのせいではなく、あの時の葡萄のおかげだ。その事を忘れないためにもこれから作るゴールドジュエリーには葡萄のデザインをいれよう」・・・と。 今でもブラックヒルズゴールドジュエりーには葡萄のデザインが受け継がれています。


 スタージスラリー −オートバイの祭典ー
ブラックヒルズの北、ラピドシティーから車で約20分の所にスタージスという小さな町があります。人口5,500人の普段はとても静かなこの町が年に一度だけ大都市に変身します。8月の第2週に「スタージス・モーターサイクル・ラリー」が開催されるからです。全米各地から、そして世界中からオートバイ(特にハーレー)をこよなく愛する人々がここに集結します。革ジャンにサングラスをかけ、腕に刺青をしたバイカーたちが町中、いやブラックヒルズ中を走り回ります。一見こわそうに見えるバイカー達も実際に話をしてみるととてもやさしかったり、普段は堅い職業のお医者さんや先生などが、偽の刺青を貼ってワイルドなバイカーのふりをしてお祭りを楽しんでいたりします。区切りのよかった2000年に行われた第60回ラリーではなんと約38万台のバイクと約65万人(バイカー&観光客)が世界中から集まりました。もういたる所バイク、バイク、バイクです。車の駐車場などもほとんどがオートバイに占領されてしまいます。このお祭りは一週間続きます。その間にいろいろな催し物がいたる所であります。もちろんメインは日中に行われる各種オートバイレースですが、最も盛り上がるのは毎晩スタージスのメインストリートで行われる無数のオートバイによるパレードです。各自のご自慢のオートバイをゆっくり走らせて、バイカー同士、そしてそれを見に来た人達と一緒になって楽しみます。


 デビルズタワーの2つの顔 −聖なる塔と国立モニュメントー
デビルズタワーには2つの顔があります。ひとつは自然保護とリクレーションを目的とした国立モニュメントとしてのデビルズタワー。もうひとつは先住民インディアンの人々にとっての、彼らを全ての敵から守ってくれる神聖な場所としてのデビルズタワーです。
 デビルズタワーは1906年にアメリカ最初の国立モニュメントに指定されました。もともと1875年にアメリカ人調査隊がこの地を探索中に巨大な岩山を見つけ「まるで悪魔の塔のようだ」と言った事からデビルズタワーという名前が付いています。国立モニュメントとしてのデビルズタワーの主な目的ある「自然保護や様々な分野での研究とリクレーション」という事から公園内には鹿、プレイリードッグ、はやぶさなどたくさんの野生動物が生息しています。また、リクレーション目的としてはキャンプ場やピクニックエリア、ハイキングコースなどがあり、ロッククライミングもそのうちの一つです。
 一方この地域に住むインディアンはこの巨大な塔を「ベアー・ロッジ」と呼んでいます。以前はこの地域(特に塔の周り)にたくさんの巨大熊が生息していた事からこう呼ばれてきました。そして有名なデビルズタワーにまつわる伝説のとおり、この塔は何度もインディアンの人々を巨大熊から守ってくれたのです。それ以来、今でも毎年6月はインディアンの人々にとって「聖なる月」となっております。彼らの信仰を敬う意味で6月のロッククライミングは禁止されています。


 ブラックヒルズ周辺のスクリーンの舞台を訪ねる
旅の楽しみ方nひとつとして、お気に入りの映画の撮影場所を訪ねてみるという方法があります。自然豊かなブラックヒルズ周辺もたくさんの映画の舞台となってきました。その幾つかをご紹介します。

「ダンス・ウィズ・ウルブス」(1990年)
白人とインディアンの触れ合いを描き、アカデミー賞7部門を受賞したケビン・コスナー主演のこの映画のなかで、ケビン扮するダンバー中尉が前線基地フォートヘイズにて司令官に対して最前線への越任を希望するシーンに使用されたセットが残るレストラン「フォートヘイズ」で食事をしたり、ラストシーンが撮影されたスピアーフィッシキャニオン渓谷でケビンが森の奥に消えていくシーンに使われたようなところをハイキングしたり、 映画に出てきたバッファローの群れを実際にジープに乗って見に行ったり、インディアン式テント(ティーピー)に泊まり、映画さながらのキャンプを体験したりできます。 またケビン・コスナーと兄のダン・コスナーが経営するデッドウッドにあるカジノ&レストランにも是非行きましょう。カジノの中にはケビンの主演した映画の関するいろいろな物が展示されています。そして最後はやっぱりバッファロー料理を体験してみて下さい。バファローシチューやバファローバーガーが有名です。
「未知との遭遇」(1977年)
スティーブン・スピルバーグ監督の大ヒット映画「未知との遭遇」で宇宙人の乗ったUFOが地球にやって来た時に着陸場所として選んだのが、デビルズタワーでした。大草原の中に忽然と突き出した260mの巨大な岩を間近に見ていると、いまにもUFOが降りてくるのでは・・という錯覚に陥るくらいです。タワーの周りを一周するトレイルを散策している時にすれ違う人達が実は宇宙人だったりして・・・。そのくらい、「未知」という言葉がぴったりの場所です。

「北北西に進路をとれ」(1959年)
サスペンス映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコック監督の「北北西に進路をとれ」のクライマックスシーンに登場するのがマウントラッシュモアです。主演のケリー・グラントが追っ手から逃れるためにマウントラッシュモアに登り敵と格闘するシーンなどスリル満点の映画です。もちろん、映画のようにマウントラッシュモアの顔の上を歩く事はちょっと無理ですが、最近新しく完成した「プレジデントトレイル」を使えばかなり近づく事ができます。ひとつの顔の大きさにきっと驚く事でしょう。この映画によてマウントラッシュモアが世界中の人々に知られるきっかけになった事は言うまでもありません。

「スターシップ・トゥルーパーズ」(1997年)
「アルマゲドン」(1998年)
日本でもヒットしたSF映画「スターシップ・トゥルパーズ」とブルース・ウイルス主演の「アルマゲドン」で見知らぬ惑星での撮影が行われたのがバッドランズ国立公園とその近郊です。地球とは思えない360度に広がる無限の大地を歩いていると、撮影された場所がセットではなく本物だと言う事に気づくはずです。もちろん映画に登場する宇宙生物などは特撮ですが、ここバッドランズではティラノザウルスなどの恐竜の化石や骨などが多数発見されている場所でもあります。長い年月による侵食が創った大自然の芸術はまさに遠いかなたの惑星そのものです。


 「ルービー」という女性
マウントラッシュモアの麓にある小さな町キーストーンに「Ruby House」という歴史あるレストランがあります。1874年に始まったブラックヒルズ・ゴールドラッシュの中で、ここキーストーンは最も栄えた町のひとつでした。そしてこの町には「ルービー(Ruby)」という名前の女性が住んでいました。彼女は「Ruby House」と言うお店のオーナーでしたが、この「Ruby House」というのは今のようなレストランではなく実は「娼婦館」でした。とても綺麗だったと評判のルービー(あくまで噂ですけど・・・)にまつわるお話です。
 当時彼女には二人のボーイフレンドがいました。もちろん二人の男性はお互いのことなど全く知らず、自分だけがルービーのボーイフレンドだと言う事になんの疑いも持っていませんでした。というのもルービーがそれぞれの男性と「Ruby House」で会う際に、決して二人が顔を合わせない様に注意していたからです。ところがある日偶然にも二人の男性が「Ruby House」で会ってしまいます。もちろん彼らはルービーをめぐって口論を始めますが・・・ついには拳銃による決闘という事になってしまいます。そして「Ruby House」の前の通りに出た二人の男性は決闘を始めます。(お互いに背を向けて10歩歩いた所で向かい合って撃ち合うという西部劇映画でお馴染みの決闘です)この決闘に気づいたルービーは何とか決闘を止めよう通りに出て二人の間に入りますが、時すでに遅く、二人の男はいまにも10歩目に入ろうというところでした。不幸なことに二人ともルービーには気がつかずままお互いの銃は火を吹きます。そひてルービーは愛する二人の男性によって撃たれて死んでしまいます。彼女の遺言によって葬式は行われず、代わりに「Ruby House」にて三日三晩の宴会が続いたそうです。
 1972年に「Ruby House」はレストランとして生まれ変わりました。今でもレストランの中に入るとアンティークによって埋め尽くされた内装と、「娼婦館」だった頃の面影がたくさん残っています。


 メイド・イン・サウスダコタ
あまり知られていませんが、ブラックヒルズでは「South Dakota Made」と呼ばれるサウスダコタならではの産物がたくさんあります。その中でも特に人気のあるものをご紹介します。

@まずは何と言っても「インディアン工芸品」です。この地に昔から住んでいるインディアン(スー族)による手作りの工芸品です。ドリームキャチャー(良い夢は網を通り抜け、悪い夢は編みに掛かり消えてしまうらしい)等に代表されるインディアンの伝統的な工芸品や、ビーズや石などを使ったアクセサリー、動物の皮や鳥の羽などで作られた置物など様々なインディアン工芸品があります。

A次は西部ならではの「ウエスタングッズ」です。ブラックヒルズは牧畜がさかんな場所です。あたり一面に広がる大牧場に牛や馬が放牧されています(ちなみに牛の数は人口の約5倍)。牛がそんなにいるという事はたくさんのカーボーイもいると言う事です。そんな訳で、ここブラクヒルズには「ウエスタングッズ」を扱うお店がたくさんあります。カーボーイブーツやカーボーイハットをはじめあらゆるウエスタングッズを見つける事ができます。

B最後に忘れてはいけないのは「ブラックヒルズ・ゴールドジュエリー」です。100年以上前に始まったゴールドラッシュ以来いまだに金は採取され続けています。そしてここで採取されたブラックヒルズ・ゴールドを使用したジュエリーが最も人気のあるお土産になっています。昔から伝統を受け継いでいるブラックヒルズ・ゴールドジュエリーは、今でも葡萄のデザインと三色の色を使ったとても豪華でお洒落なジュエリーとして有名です。


 ブラックヒルズのゴーストタウン
ゴールドラッシュ時代にアメリカンドリームを求めてたくさんの人がブラックヒルズに押し寄せました。そのために、宿ができ、酒場ができ、レストランができ・・・そして町ができました。 が、時代の移り変わりとともに今まで栄えていた町がどんどん衰退していって、人々は町から去り荒廃した建物だけが残る「ゴーストタウン」がブラックヒルズにはたくさんあります。その中でちょっと変わった「ゴーストタウン」を紹介します
 ロッカービルというところにある「ゴーストタウン」は普通のゴーストタウンと少し違います。どこが違うかと言うと、違う時代に栄えた2つのゴーストタウンが同じ場所にあるという事です。最初の町は1874年からのゴールドラッシュによって栄え、金鉱の閉鎖によって衰退したゴーストタウンです。もうひとつは1927年に始まったマウントラッシュモアの大統領の彫刻を見学するためにたくさんの観光客が来る事によって栄えた町でしたが、1950年に完成した新しい道路によって、観光客がその町を通過する必要がなくなり、誰も立ち寄らなくなったために衰退したゴーストタウンです。ゴールドラッシュで栄え、その後衰退してゴーストタウンとなった町が、マウントラッシュモアのためにもう一度栄え、そして再度衰退して、またゴーストタウンに戻ってしまったのです。通りをはさんで片側がゴールドラッシュ時代のゴーストタウン(1800後半)で、その反対側がマウントラッシュモア時代のゴーストタウン(1900年前半)という2つのゴーストタウンが共存しているところなのです。今ではすっかりゴーストタウンになってしまったロッカービルの町も、もしかしたらまたいつか昔の様に栄える日が来るかもしれません。


 ブラックヒルズにあるミステリーエリア
ブラックヒルズ国立森林の中に「ミステリーエリア」と呼ばれる場所があります。森林の奥に入ると強力な磁力の関係で不思議なな事が起こる場所・・・それが「ミステリーエリア」です。
この「ミステリーエリア」では誰一人としてまっすぐ立つ事ができません。キャビンに入ると不思議な力によって一方に引き寄せられる感じがします。前に進もうとしても思うようにいきません。キャビンの中でテニスボールをまっすぐ投げようとすると、なぜか曲がってしまいます。この不思議な力を利用すると壁に立ったり、4本足のいすが2本だけで立ったりする事ができます。またキャビンの外ではボールが坂を登って行ったり、水が低い場所から高い場所に流れたりもします。その他にも、並んだ2人の背の高さが逆転したり、キャビンの周りの木がなぜか弓状に曲がっていたりなど不思議な事をたくさん目にする事ができます。
 この「ミステリーエリア」を一番最初に見つけたのは地元の大学生だったそうです。夏休みを利用して何人かの友人と一緒に森の中で住もうとキャビンを建てました。ところが出来上がって住んでみるとなんか変な感じがする。何か力を感じる。まっすぐ歩きづらい。そんな事でよく調べてみると、このあたりだけ他とは違う磁力が働いているという事でした。以来彼らはここを「ミステリーエリア」と呼ぶ様になり、現在に至っています。 この「ミステリーエリア」に潜む不思議な力、そして不思議な現象・・・・信じるか信じないか・・・まず訪れてみて下さい。


 ブラックヒルズ名物「バッファロー料理」
最近アメリカ(特にウエスト)ではバッファロー料理が注目されています。一昔前では、肉(ステーキ)といえば牛でしたが、近頃では牛肉の代わりにバッファロー肉を食べる人が多くなってきています。バッファロー肉は味的にはほとんど牛肉と同じですが、脂肪分が牛肉にくらべ、非常に少ないそうです。そういう訳で健康食品、ダイエット食品として注目されてきています。最近では牛の牧場からバッファローに変える牧場もでてきていますし、スーパーでもバッファロー肉を買う事が可能になりました。(牛に比べると少し値ははりますが) 代表料理としてはバッファローステーキ、バッファローシチュー、バッファローバーガーなどですが、バッファロージャーキーのようなお手ごろなものまで登場しています。ブラックヒルズにお越しの際には、是非一度お試し下さい。


 「マリーアントワネット」という名前のマンモス
ブラックヒルズの南にあるマンモス遺跡にはほぼ完璧に接合された全身骨格のマンモスがいます。そしてこのマンモスは発見当時「マリーアントワネット」と名づけられました。なぜなら、頭が見当たらなかったのです。足の骨や背骨、肋骨、肩甲骨などは見つかったのですが、なかなか頭蓋骨が見つからなかったために、発掘チームはそのマンモスを「マリーアントワネット」と呼んでいました。やがて見当たらなかった頭蓋骨と骨盤も発見され、これで一軒落着だったはずでしたが、出土した骨盤から、このマンモスは雄だという事が判明してしまいました。その結果発掘チームは、急遽マンモスの名前を「マリーアントワネット」から男性用の名前である「マレーアントワネット」と改名したとの事です。




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